東京高等裁判所 第11民事部 令和元年(ネ)第3117号
上告申立人 渡邉朋子(選定当事者)、佐藤俊、池添浩一郎(選定者)
被上告人 嶋﨑量 代)西川治、
原判決 横浜地裁 平成31年(ワ)364 原)嶋﨑量 被)渡邉朋子、池添浩一郎、佐藤俊(33万円支払え)
裁判長 野山広、橋本英史、片瀬亮 書記官 古野泰章
令和元年10月21日13:30 第1回口頭弁論
令和元年11月20日13:20 判決言い渡し
令和元年12月21日  最高裁上告 令和元年(ネ受)950
上告人 渡邉朋子 被上告人 嶋﨑量

判決文

主文

1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は、第1審被告渡邉(選定当事者)及び第1審被告佐藤の負担とする。

3 原判決主文第2項を次の通り訂正する。
「選定者池添浩一郎は、第一審原告に対して33万円及びこれに対する平成29年11月13日から支払い済みまで年五分の割合による金印を支払え。」

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 第一審原告の請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
(省略)

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、第1審原告の請求はいずれも全部理由があるものと判断する。その理由は、後記2の通り当裁判所の判断を付加する他は、原判決「事実及び理由」中の第3のとおりであるから、これを引用する。
2 当裁判所の判断
(1) 第1審被告渡邉(選定当事者)は、第1審原告の本件訴えは、二重起訴の禁止に違反するから却下されるべきであると主張する。
しかし、職権により調査しても、本件訴えと当事者及び訴訟物を同じくする訴訟が係属しているとは認められない。二重起訴を理由に訴えの却下を求める第1審被告渡邉(選定当事者)の主張は失当である。
(2) 第1審被告渡邉(選定当事者)は、第1審被告渡邉及び選定者池添の懲戒請求を受けることに付き第1審原告は受忍すべきであったと主張し、第1審被告佐藤は自らの懲戒請求によって第1審原告が懲戒されることはあり得なかったと主張して、本件各懲戒請求の不法行為該当性本件各懲戒請求によって生じた損害の額を争う。
しかし、本件各懲戒請求が事実上または法律上の根拠を欠き、弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くことは原判決が説示するとおりであって、受忍限度を超えないことを基礎づけるに足りる事実関係を認めるに足りる証拠もない。
そして、懲戒請求が全く根拠のないものであっても、懲戒請求を受けた弁護士は、懲戒請求が全く根拠のないものであることを弁護士会の綱紀委員会において説明し、裏付けとなる証拠を提出しなければならない。結果としてこれらが必要なかったとしても、その準備のために多大な労力を注がざるを得ない。綱紀委員会の調査中は、他の弁護士会への登録替えや登録取消しの請求ができず(弁護士法62条)、懲戒請求が全く根拠のないものである場合には、日本国憲法22条により保証された移住、転居及び職業選択の自由という基本的人権が実質的に侵害される可能性すら生じる。また、懲戒請求が非常に多数に及ぶ場合は、弁護士職務基本規定27条及び28条の趣旨に反した弁護士活動を行わないようにするための利益相反チェックの作業数が懲戒請求者の数に比例して著しく増加する。これらの労力の負担が、弁護士にに対する著しい業務妨害となり、収入の減少にもつながることは、容易に推認することができる。(なお、全く根拠のない懲戒請求を多数申し立てる行為は、弁護士法58条2項により事案の調査義務を追う弁護士会に対する迷惑行為に当たり、弁護士会に無用な費用の膨大な負担を負わせることにより、公益を害する行為となる。このような場合には、条理に照らし、弁護士会は同項の調査義務を免除され、綱紀委員会の調査及び議決を経ることなく対象弁護士を懲戒しない旨の決定をしたり、そもそも同条1項の懲戒請求が存在しないと扱ったりすることができると考えられる。)。このような甚だしい弁護士業務に対する妨害の結果に加えて、第1審原告は、見ず知らずの第三者から不当な害意を向けられるという恐怖も感じざるを得なかった(甲8,9,10)ことを考慮すると、第1審被告ら及び選定者池添に各30万円の慰謝料額の支払いを命じた原審の判断は正当である。
弁護士を当事者とする事件について弁護士が他の弁護士を訴訟代理人として選任することは、客観的かつ冷静な訴訟活動をするために、通常必要な行為であると認められる。そうすると、本件においては、相当額の弁護士費用は、不法行為により生ずべき損害として、加害者が被害者に補償すべきである。弁護士費用の相当額は、第1審被告ら及び選定者池添につき各3万円人するのが相当である。
(3) 第1審被告(選定当事者)は、他の懲戒請求者の第1審原告に対する弁済により、本訴請求債権は消滅したと主張する。
ア 第1審被告(選定当事者)が主張する弁済者(以下、「弁済者」という。)と第1審被告渡邉及び選定者池添が共同不法行為をしたことについては、具体的な事実関係の主張もなければ証明もない。すなわち、弁済者が第1審原告に対して具体的にどのような違法行為(不法行為に当たる行為)をしたのかについて、主張立証がない。また、弁済者と弁済者と第1審被告渡邉及び選定者池添の間に直接的な共謀関係があること、又は両者の違法行為の間に何らかの関連共同性があることを基礎付ける具体的事実関係についての主張立証もない。さらに、弁済者、弁済の日時及び金額についての主張立証もない。以上によれば、弁済者の弁済による第1審被告渡邉及び選定者池添の債務の消滅の抗弁は、理由がない。
イ 仮に、共同不法行為が成立するとした場合においても、第1審被告渡邉(選定当事者)において、共同不法行為による債務の総額を主張立証した上で、第三者による弁済の総額が共同不法行為による債務の総額を上回っていることを主張立証しなければ、第三者弁済による債務の消滅の抗弁は理由がない。ここで注意すべきことは、実行行為者(首謀者、指揮者、付和随行者)、教唆者及び幇助者が多数にのぼる可能性が高いことである。このような場合には、債務総額の確定の点などの債務消滅の抗弁の審理に当たっては、以下のウからオまでの点に注意しなければならない。
ウ 第1審被告渡邉(選定当事者)においては、共同不法行為の全貌・全体像を、余すところなく主張立証した上で、その損害の総額を主張立証しなければならない。そのためには、複数のものによる共同不法行為が発生したメカニズムを解明しなければならない。また、実行行為者(首謀者、指揮者、付和随行者)、教唆者及び幇助者の全員を特定した上で、それぞれの者の行為具体的な態様及び全体の中での果たした役割を、全部解明しなければならない。
 なお、実行行為者の中には、SNS(本件ブログ)に直接触発されていない者(SNS以外の媒介方法により本件懲戒請求書を入手した者)もいるかもしれない。このような者とSNSに直接触発された者との間には、共同不法行為が成立しない可能性が高い。
エ さらに、多数の者が第1審原告に対する攻撃に順次殺到したことに起因する第1審原告が受けた被害の質及び量について、その大きさ及び深刻さを解明しなければならない。本件訴訟において認容された損害額は、第1審被告渡邉及び選定者池添が単独で第1審原告に対する違法行為を実行た場合を想定して算定したものに過ぎない。多数の者の不法行為が第1審原告順次殺到した場合の損害額は、本件訴訟において認容された損害額よりも、巨額となるはずである。損害の総額を認知するためには、これらの事項をすべて解明しなければならない。
通常は、加害者は、損害の立証の責を負わない。しかし、本件において弁済者(第三者)の弁済による債務消滅の抗弁を主張するためには、①加害者において損害の総額を余すところなく立証した上で、②加害者において弁済者(第三者)が第1審被告渡邉及び選定者池添と共同不法行為の関係に立つことを立証し、かつ③加害者において弁済者(第三者)による弁済の総額が損害の総額を上回ることを立証しなければならない。
ここで注意すべき点は、加害者は、通常は、損害の額を矮小化して主張立証する傾向があることである。しかしながら、第1審被告渡邉(選定当事者)が通常の加害者の立証態度(損害額の矮小化)をとったと見られる場合には、立証責任を果たしたとは言えない。損害額が矮小化された立証では、損害を余すところなく立証したとはいえない。損害額が矮小化された立証がされた場合には、損害総額の立証がないものと判断され、弁済者(第三者)の弁済による債務消滅の抗弁は排斥される。
オ 民事法においては、刑事法と異なり、教唆者及び幇助者の責任を軽減する規定はなく、教唆者及び幇助者は、実行者と同一の責任を負う(民法719条2項)。損害総額の確定のためには、教唆者及び幇助者の役割も本格的に解明して(実行行為者より責任が重いこともあり得る。)、共同不法行為発生のメカニズムを解明しなければならない。実行行為者は、他の実行行為者とは共同不法行為の関係に立たないが、教唆者及び幇助者とは共同不法行為関係に立つこともあり得る。教唆者及び幇助者は、多くの実行行為者と共同不法行為関係に立ち、ここの実行行為者よりも多額の連帯債務を負うこともあり得る。このようにして、連帯債務の額及び連帯債務者の範囲を個別に確定し、弁済者の弁済が第1審被告渡邉又は選定者池添の債務を消滅させるかどうかを判断することになる。
カ 仮に共同不法行為が成立するとした場合においても、ウからオまでの点を、弁済額の累積や実行行為者及び教唆者等の役割の解明があまり進んでいない段階で、個々の実行行為者に対する給付訴訟において審理することは、事実上不可能であるし、訴訟経済にも適さない。仮に共同不法行為が成立した場合には、弁済が進んで弁済総額が相当額まで累積し、かつ、共同不法行為の発生メカニズム、実行行為者及び教唆者等が果たした役割、具体的行為態様など、事案の全貌の解明が相当程度進んだ将来の段階で、請求異議訴訟で審理判断するのが適当である。
(4) 第1審被告らは、その他るる主張するが、いずれも結論を左右するものではない。
第4 結論
以上によれば、原判決の判断は正当であって、本件訴訟は理由がない。よって、原判決に必要な更正を加えた上で本件訴訟をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所 第11民事部

裁判長裁判官 野山 宏
裁判官    橋本英史
裁判官    片瀬 亮